概要
前回の「生成AI活用研究AI(Gemini)とエクセル数式対決」では、基本的なデータ集計や簡単な条件分岐の分野で、Excel数式がいかに強力で直感的なツールであるかを実証しました。しかし、現代のビジネスシーンでは、より複雑で高度なデータ分析が求められます。本稿では、生成AIであるGeminiと、Excelの高度な数式機能(配列数式、Lambda関数、Power Queryなど)を、より複雑なデータ分析シナリオにおいて対決させ、それぞれの得意分野と限界、そして相互補完の可能性を探求します。特に、複数条件での集計、動的なデータ範囲の処理、そして分析結果の可視化といった、実務で頻繁に遭遇する課題に焦点を当てます。
詳細解説
1. 複数条件での複雑な集計:SUMIFS vs Gemini
実務では、単一の条件ではなく、複数の条件を満たすデータの合計や件数を求める場面が多々あります。例えば、「2023年上半期で、東京支店の営業部が販売した製品Aの売上合計」といった具合です。
Excelでのアプローチ (SUMIFS関数)
Excelでは、`SUMIFS`関数(または`COUNTIFS`関数)を用いることで、このような複数条件での集計を容易に実現できます。
=SUMIFS(集計対象範囲, 条件範囲1, 条件1, 条件範囲2, 条件2, …)
この関数は、指定した複数の条件にすべて合致する行の値を合計します。直感的で、数式が可読性も高く、Excelユーザーであればすぐに理解し、適用できる強力な機能です。
Geminiでのアプローチ
Geminiに対して、同様の指示を与えてみます。「以下のデータから、支店が’東京’、部署が’営業部’、製品が’製品A’である売上の合計を求めてください。」といったプロンプトになります。Geminiは、与えられたデータ構造を理解し、条件に合致するデータを抽出し、合計値を計算してくれます。
対決評価
* **Excel (SUMIFS):**
* **強み:** 非常に高速かつ効率的。数式が直接セルに記述されるため、リアルタイムでの更新や、他の数式との連携が容易。データ構造が固定されていれば、最も確実で信頼性の高い方法。
* **弱み:** 列の追加や削除、条件の変更に伴う数式の修正が煩雑になる場合がある。条件が多くなると、数式が長くなり、可読性が低下する可能性。
* **Gemini:**
* **強み:** 自然言語での指示が可能なため、数式を覚える必要がない。複雑な条件の羅列や、人間が理解しやすい形で指示できる。データ構造の変更にも柔軟に対応しやすい。
* **弱み:** リアルタイムでの更新はできない(プロンプトの再実行が必要)。数式ほどの高速処理は期待できない場合がある。データ量が多い場合や、機密性の高いデータの場合、外部サービスへの入力に抵抗がある可能性がある。計算結果の「根拠」となる数式が直接提示されないため、監査や検証が難しい場合がある。
2. 動的なデータ範囲の処理:OFFSET/INDIRECT vs Gemini
データ範囲が動的に変化する(行が追加されたり削除されたりする)場合、Excelの数式では`OFFSET`関数や`INDIRECT`関数、あるいはテーブル機能や名前の定義などを駆使して対応する必要があります。
Excelでのアプローチ (テーブル機能・名前の定義)
Excelの「テーブル」機能(Ctrl+T)は、データ範囲の自動拡張に非常に有効です。テーブル内にデータを追加すると、数式で参照している範囲も自動的に拡張されます。また、「名前の定義」機能で特定の範囲に名前を付け、その名前を参照することで、数式の可読性を高め、範囲変更にも対応しやすくなります。
Geminiでのアプローチ
Geminiに対しては、「このデータテーブル全体を対象に、〇〇の合計を求めてください。」のように指示します。Geminiは、与えられたデータ範囲を認識し、その範囲全体を処理対象として計算を実行します。データ範囲の増減を明示的に指示する必要がない場合が多いです。
対決評価
* **Excel (テーブル/名前定義):**
* **強み:** データ範囲の変更に自動で追従するため、メンテナンス性が大幅に向上する。数式がシンプルになり、可読性が維持される。
* **弱み:** テーブル機能や名前の定義の概念を理解する必要がある。`OFFSET`/`INDIRECT`関数は、再計算の負荷が高くなる傾向があるため、大量データではパフォーマンスに影響を与える可能性がある。
* **Gemini:**
* **強み:** データ範囲の変更を意識せずに指示できる。プロンプトで「最新のデータ」といった指示をすれば、自動的に最新の範囲を考慮してくれる。
* **弱み:** どの範囲が「最新のデータ」として認識されているのか、ユーザーが常に把握している必要がある。データがExcelファイル内にあり、Geminiが直接アクセスできない場合は、手動でデータ範囲をコピー&ペーストしたり、ファイルの内容をテキストとして与えたりする手間が発生する。
3. 複雑な条件分岐とデータ整形:IF/IFS, TEXTJOIN, CHOOSE vs Gemini
複数の条件に基づいて異なる値を返したり、複数のセルに入力されたテキストを結合したり、といったデータ整形や条件分岐も、Excelの得意とするところです。
Excelでのアプローチ (IFS関数, TEXTJOIN関数, CHOOSE関数)
* `IFS`関数: 複数の条件を順番に評価し、最初に真となった条件に対応する値を返します。`IF`関数のネストよりも簡潔に記述できます。
* `TEXTJOIN`関数: 指定した区切り文字を使って、複数の文字列を結合します。空のセルを無視するオプションもあります。
* `CHOOSE`関数: インデックス番号に基づいて、リストから値を選択します。
これらの関数を組み合わせることで、複雑なロジックをExcel内で構築できます。
Geminiでのアプローチ
「もしA列の値が10以上なら’A’、5以上10未満なら’B’、それ以外なら’C’と判定し、B列の値をD列の値とカンマで区切って結合してください。」といった、より自然言語に近い指示で対応できます。Geminiは、これらの指示を解釈し、実行結果を返してくれます。
対決評価
* **Excel (IFS, TEXTJOIN, CHOOSEなど):**
* **強み:** 処理が高速で、結果が即座にExcelシート上に反映される。数式自体がロジックを明示するため、他のユーザーとの共有や、後からの確認が容易。
* **弱み:** 関数や構文を覚える必要がある。複雑なロジックになると、数式が非常に長くなり、メンテナンスが困難になる。
* **Gemini:**
* **強み:** 複雑な条件や処理も、自然言語で指示できるため、数式の知識がなくても実現可能。プログラミング的な思考が苦手なユーザーにとっては、強力な味方となる。
* **弱み:** Excelのリアルタイム性や、数式との直接的な連携に劣る。出力された結果をExcelにコピー&ペーストする手間が発生する。指示の曖昧さから、意図しない結果が生成される可能性もゼロではない。
4. Power Queryとの連携
ExcelのPower Query(「データの取得と変換」)は、外部データソースからの取り込み、データの整形、結合、クリーニングといったETL処理をGUI操作で行える強力なツールです。これにより、複雑なデータ前処理をコードを書かずに実現できます。
Power Queryでのアプローチ
Power Queryエディター内で、列の追加・削除、データ型の変更、ピボット解除、グループ化、条件列の追加などを、ステップバイステップで記録しながら実行します。生成されたM言語は、Excelによって自動的に記述されます。
Geminiでのアプローチ
Geminiに対して、「CSVファイルからデータを読み込み、日付列を年、月、日に分割し、さらに製品名でグループ化して、各グループの合計売上を計算してください。」といった指示を与えることで、Power Queryで実現したい処理の「手順」を指示することができます。Geminiは、M言語のコードや、Power Queryでの操作手順を提案してくれる可能性があります。
対決評価
* **Power Query:**
* **強み:** GUIベースで直感的に操作でき、複雑なデータ前処理をコードレスで実現できる。処理ステップが記録されるため、再現性・メンテナンス性が高い。大量データの処理にも強い。
* **弱み:** 初めて触れるユーザーには、ある程度の学習コストがかかる。GUIで実現できない高度な処理(カスタム関数など)には、M言語の理解が必要になる。
* **Gemini:**
* **強み:** Power Queryで実現したい処理の「アイデア」や「手順」を言語化する手助けになる。M言語のコード生成や、操作手順の提示を期待できる。
* **弱み:** Geminiが直接Power Queryを操作することはできない。生成されたM言語コードを、ユーザーが手動でPower Queryエディターに貼り付けて実行する必要がある。M言語の文法やPower Queryの仕様に依存するため、Geminiの生成するコードが常に最適であるとは限らない。
実務アドバイス
* **Excel数式は「主役」であり続ける:** リアルタイム性、パフォーマンス、そして数式そのものが持つ「ロジックの明示性」は、Excel数式の最大の強みです。特に、日常的なデータ更新や、他の数式との連携が重要な場面では、Excel数式が最も効率的で信頼性の高い選択肢となります。
* **Geminiは「強力なアシスタント」:** Geminiのような生成AIは、数式の作成や複雑なデータ処理のアイデア出し、そして自然言語での指示によるタスク実行において、非常に強力なアシスタントとなります。数式を覚えるのが苦手な方、あるいは迅速にアイデアを形にしたい場合に、その真価を発揮します。
* **「使い分け」が肝:** 重要なのは、どちらか一方に固執するのではなく、それぞれの得意分野を理解し、目的に応じて使い分けることです。
* **Excel数式が得意なこと:**
* リアルタイムでのデータ更新と連動した計算
* パフォーマンスが最優先される処理
* 数式自体でロジックを明確にしたい場合(監査、共有)
* 単純な集計、条件分岐、参照
* **Geminiが得意なこと:**
* 自然言語での指示によるタスク実行
* 数式作成の補助、アイデア出し
* 複雑な条件やデータ変換の指示
* プログラミング知識がない場合のデータ処理
* レポート作成のための文章生成や要約
* **Power Queryとの組み合わせ:** 複雑なデータの前処理やETL処理においては、Power Queryが非常に強力です。Geminiは、Power Queryで実現したい処理の「指示」を具体化するのに役立ちますが、最終的な処理はPower Queryエディターで行うのが現実的です。
* **データプライバシーとセキュリティ:** 機密性の高いデータを扱う際は、Geminiのような外部サービスにデータを入力することのリスクを十分に考慮する必要があります。社内ポリシーやセキュリティガイドラインに従って利用してください。
* **検証の重要性:** AIが生成した結果は、必ずExcel数式の結果や、手動での確認と比較して、その正確性を検証してください。特に、複雑な処理や条件分岐では、意図しない結果が生成される可能性があります。
まとめ
「生成AI活用研究AI(Gemini)とエクセル数式対決 その2」では、高度なデータ分析の領域で、GeminiとExcel数式(SUMIFS, テーブル機能, IFS, TEXTJOIN, Power Queryなど)を比較しました。
結論として、Excel数式は依然として、そのリアルタイム性、パフォーマンス、そしてロジックの明確性において、データ分析の「主役」であり続けます。一方、Geminiのような生成AIは、自然言語での指示によるタスク実行、数式作成の補助、アイデア出しといった面で、ユーザーの作業を劇的に効率化する「強力なアシスタント」としての役割を担います。
実務においては、これらのツールを対立するものとしてではなく、相互補完的な関係として捉え、それぞれの得意分野を理解した上で「使い分ける」ことが、データ分析の生産性を最大化する鍵となります。今後、AI技術の進化とともに、Excelとの連携はさらに深まっていくでしょう。この変化を理解し、積極的に活用していくことが、ビジネスパーソンにとって不可欠なスキルとなるはずです。
